- IPOの市場選択
IPOを目指すにあたり、自社の規模、成長性、資金調達額及び上場目的などを勘案して上場を目指す市場の選択が必要になります。
・市場区分(2022年4月以降)
取引所名 | 東京証券取引所 | 名古屋証券取引所 | 福岡証券取引所 | 札幌証券取引所 |
市場名 | ・プライム
・スタンダード ・グロース ・TOKYO PRO Market |
・市場第一部
・市場第二部 ・セントレックス (新興市場) |
・本則市場
・Q‐Board (新興市場) |
・本則市場
・アンビシャス (新興市場) |
どの市場でのIPOを目指すとしても相当の時間・費用・労力を費やす必要があります。そのため、IPOの主目的である知名度向上や資金調達を考慮して東京証券取引所(以後、東証)の「グロース」もしくは「TOKYO PRO Market」での選択を行うのが一般的です。
東証以外の地方取引所を選択する際には、「地域社会でのブランド力強化」・「上場基準」・「審査基準」等を考慮して選択することになります。
- 「グロース」 と 「TOKYO PRO Market」 の違い
「グロース」と「TOKYO PRO Market」は、同じ東証での上場ではありますが、制度に大きな違いがあるため、慎重に検討を行いましょう。
・「グロース」と「TOKYO PRO Market」の上場制度比較
グロース | TOKYO PRO Market | |
上場基準 |
・合理的な計画 ・高い成長性 ・上場後も進捗が開示見込
・株主数 150人 ・流通株式数(*1)1,000単位 ・流通時価総額 5億円以上
・流通株式比率 25%以上 |
形式要件はない
適格性の定めがあり、J-Adviser(*2)による調査及び確認実施
|
上場申請から上場承認までの期間 | 2カ月程度
(標準審査期間) |
10営業日
(上場申請前に J-Adviser による 意向表明手続きあり) |
上場前の監査期間 | 最近2年間 | 最近1年間 |
四半期開示 | 必須 | 任意 |
内部統制報告書 | 必須 | 任意 |
主な投資家 | 一般投資家 | 特定投資家(「プロ投資家」) |
*1 流通株式:大株主(10%以上保有)及び役員等が保有する株式や自己株式など、その所有が固定的でほとんど流通可能性が認められない株式を除いた株式
*2 J-Adviser:東証から承認を受けた、TOKYO PRO Market上場適格性を判断する上場審査機関
TOKYO PRO Marketは柔軟にIPOが可能であるため、上場による知名度向上や創業者の借入金保証の解消といったメリットがあります。一方で、投資家が限られており資金調達が困難、流動性が低いため(株式売却による)創業者利得を得る機会が相当に限られるというデメリットがあります。
そのため、一般的には先ずは「グロース」市場を目指す会社が多い傾向にあります。
■IPO経験者による解説
各市場の特徴(制度上どのような位置づけの市場なのかや、どのような上場基準が設定されているか)を知ったうえで、自社のステージに当てはまる市場はどれなのかを考える必要があります。そしてそれを考えるには、まず「自社のステージ」に関する自分たちの認識を整理する必要があります。たとえば同じ会社の中でも、社長が「うちはこれからが成長期だ。これから2倍3倍と大きくしていくために、多少の赤字は飲み込んで積極投資していくぞ。」と思っているのに、別の幹部は「これからは安定させていく時期だ」と思っているかもしれません。まずこの点について社内の認識を合わせないことには目指す市場は選べませんし、戦略も定まりません。証券会社など社外への説明も一貫性の無いものになってしまうでしょう。
自分たちの会社における中長期(3~5年後くらいまで)の経営方針を整理し、その中で、上場によって何を成し遂げようとするのか、なぜ上場する必要があるのか、上場によって得た資金で何をするのかを言語化しましょう。この上場を含めた経営方針(エクイティストーリーといいます)を整理する中で、適切な市場や目指すべき上場時期、調達した資金の使途などが一貫性をもって定まってきます。そうすると社外への説明も納得感のあるものになり、社長と幹部で言っていることが違うというようなことも起きなくなるはずです。
- 上場準備スケジュールと費用
先ず、スケジュールについて、上場準備はスムーズに進んでも3年ほどかかります。以下は、東証が公開しているスケジュール例になります。
(出典:東京証券取引所「新規上場基本情報」)
特に、監査法人の監査証明(財務諸表の適正性に関する保証)はIPOする期の過去2期分について必要になります。
実務においては、市場動向、業績、管理体制の整備状況によって、IPO時期が延期されるケースも多々あります。そのため、申請期まで進むことができるかどうかが大きなヤマになります
費用については、企業規模によっても大きく差が出ますが、今までの経験では、上場準備により、毎年50百万円~100百万円近くは負担が増加する心づもりで準備をしておきましょう。
言い換えると、毎年50百万円~100百万円近く費用が増加したとしても、利益が出せる事業体質を目指すことが重要です。
なお、主な費用項目は以下になります。
- 上場に必要な管理部門等(内部監査・経営企画・IR・経理・法務etc.)の採用費・給料
- 取締役・監査役などの役員招聘費用
- 監査法人への監査報酬
- 証券会社の上場コンサルティング
- 証券会社の引受手数料 公募価格×株式数×手数料率(5~7%)
- 内部統制などの管理体制に関するコンサルティング
- 印刷会社印刷費・システム利用料
- 上場審査料・上場手数料
■IPO経験者による解説
上述の通り上場を含めた経営方針を整理する中で望ましいスケジュールも自ずと定まってくるはずですが、一方で制度上どうしても制限を受ける部分もあります。経営上どれだけ有益だとしても、準備していない状態から「1年で上場したい」といったことは制度上できません。その制限の最大のものが「監査法人の監査証明はIPOする期の過去2期分について必要」という点ですが、その他にも様々なものの影響を受けますので、上場を少しでも意識するようになったらなるべく早いうちに証券会社や監査法人、あるいは弊社のようなIPO支援を行う会社とのコミュニケーションを開始することをお勧めします。また、エクイティファイナンスやストックオプションの発行など上場に向けた資本政策の立案・実行も後からでは回復の難しい点です。この点については、いずれ詳しく扱いたいと思っています。
最後に、費用についてです。既に説明している通り上場準備が本格化する時期には、毎年50百万円~100百万円といった多額の費用が生じます。上場するときには株価を付けられるくらいに利益を出せる体制になっている必要があります(赤字のまま上場する会社も中にはありますが、例外です)が、これはつまり上場にたどり着くには「上場準備費用を支払ってもなお一定の利益が出せる」という強固な利益体質を獲得する必要があるということを意味します。
利益を出すのは簡単なことではありません。社員みんなの力を合わせて苦労して得た利益の小さくない部分を費やして上場を目指すわけですから、上場を目指すという経営方針について社内でしっかりとコンセンサスを得ておかなければ、上場準備を行うこと自体が社内の不満の種になってしまいかねません。上場準備はどうしても社内の負荷を高めてしまいがちですが、そうだとしても上場を目指すんだということについてその意義や将来像を含めて社内の認識をしっかりと固めておくことができれば、会社全体として前向きに上場準備に取り組むことができるようになるでしょう。